2014年06月18日
邇邇芸命(ににぎのみこと)様のブラックな一面
基山にある「契山(ちぎりやま)」の由来に、『古事記』の物語が結び付いていることを紹介しました。
その物語に登場される神様として紹介した、邇邇芸命(ににぎのみこと)様には、実は私たちの寿命に関わるブラックな一面があったのです。
そのブラックな一面が、『古事記』に記されています。
邇邇芸命様と結ばれる木花之佐久夜毘売(このはなさくやひめ)様には、実は姉として石長比売(いわながひめ)様がおられました。お二人の父は、先に紹介した山の神である大山祗(大山津見 おおやまづみ)の神さまです。実は父である大山祗の神さまは、木花之佐久夜毘売(このはなさくやひめ)様とともに、姉である石長比売(いわながひめ)様を邇邇芸命様に嫁がせようとしたのです。
ここから、邇邇芸命様のブラックな一面が顔をのぞかせることになります。
そう、姉である石長比売様のお姿を見て、石長比売様との婚礼を断ってしまったのです。
大山祗の神さまのご心中たるや、いかばかりだったでしょう。

■お怒りになった大山祗の神さま
大山祗の神さまは、木花之佐久夜毘売様を嫁がせることで、天孫が花のように繁栄することを思い、そして石長比売様を嫁がせることで、天孫たちが岩のように永遠なるものにという思いを伝えることであったのです。
この意に反して、石長比売様のお姿のみに囚われ、「婚礼を断るとは。」と大山祗様はお怒りになり、石長比売様を送り返したことで、「天孫の命は木の花のようにはかないものとなるであろう。」と、呪いの言葉を述べられたのでした。
そう、「天孫」こそ、邇邇芸命様の子孫である私たちのことなのです。
私たちに寿命があるのは、邇邇芸命様のブラックな一面からきていたのでした・・・・・・・・・・。
話は変わりますが、今日18日は、庚申の日です・・・・・・。
その物語に登場される神様として紹介した、邇邇芸命(ににぎのみこと)様には、実は私たちの寿命に関わるブラックな一面があったのです。
そのブラックな一面が、『古事記』に記されています。
邇邇芸命様と結ばれる木花之佐久夜毘売(このはなさくやひめ)様には、実は姉として石長比売(いわながひめ)様がおられました。お二人の父は、先に紹介した山の神である大山祗(大山津見 おおやまづみ)の神さまです。実は父である大山祗の神さまは、木花之佐久夜毘売(このはなさくやひめ)様とともに、姉である石長比売(いわながひめ)様を邇邇芸命様に嫁がせようとしたのです。
ここから、邇邇芸命様のブラックな一面が顔をのぞかせることになります。
そう、姉である石長比売様のお姿を見て、石長比売様との婚礼を断ってしまったのです。
大山祗の神さまのご心中たるや、いかばかりだったでしょう。

■お怒りになった大山祗の神さま
大山祗の神さまは、木花之佐久夜毘売様を嫁がせることで、天孫が花のように繁栄することを思い、そして石長比売様を嫁がせることで、天孫たちが岩のように永遠なるものにという思いを伝えることであったのです。
この意に反して、石長比売様のお姿のみに囚われ、「婚礼を断るとは。」と大山祗様はお怒りになり、石長比売様を送り返したことで、「天孫の命は木の花のようにはかないものとなるであろう。」と、呪いの言葉を述べられたのでした。
そう、「天孫」こそ、邇邇芸命様の子孫である私たちのことなのです。
私たちに寿命があるのは、邇邇芸命様のブラックな一面からきていたのでした・・・・・・・・・・。
話は変わりますが、今日18日は、庚申の日です・・・・・・。