2012年02月29日

かつてあった橋の名残

 街なかの「奇妙」な守り神(疫神)、見つけることできましたか?

 今日は、人知れず役目を終えた「橋」を見てみましょう。
 場所は、基山町高島にある高島橋(平成5年架橋)の東側、秋光川と実松川が合流するあたりに、かつて「高島橋」として人々の往来を支えてきた橋がかかっていました。今は、コンクリートのりっぱな橋に架け替えられ、その横に、橋脚の名残を見ることができます(▼印部分)。





 この橋があるところは、実は江戸時代に長崎までの道として使われ、ラクダや像が歩いた長崎街道そのものでした。身近な町では、木山口町(現、基山駅周辺)から田代宿(現、鳥栖市田代)までを結ぶ道の名残で、江戸時代にはこの周辺に「渡しの宿」があったと伝えられています。




 今見る橋脚の名残は、昭和38年の水害後に架けられた橋の名残ですが、かつての長崎街道の道程を知らせる貴重な文化遺産のひとつです。

 役目を終えた「橋」に、労いの言葉をかけてみてください。
  


Posted by 基山の歴史と文化を語り継ぐ会  at 06:37Comments(0)基山の文化遺産

2012年02月28日

街なかの「奇妙」なモノ

 今日は、基山の街なかで見かける「奇妙」なモノを紹介しましょう。
 稲ワラを束ねたようなモノが、竹の棒にさしてある姿、見かけませんか?





 今、「見ないな~っ」とつぶやいた方、内面に秘めたすごい「イケメン」や「美女」を見過ごしているんじゃないですか?
 もっと街なかに目を向けてみてください!

 今日紹介する「奇妙」なモノは、集落に入る「疫病・災い」を払うために立てられる「疫神(えきじん)」と呼ばれるりっぱな魔除けの守りなのです。毎年田植えが終わった頃、田植え後の疲労と初夏の暑さから、集落の人々が疫病にかからないようにと、集落の入り口に立てられます。

 住宅が建て込んで、集落と集落の境が分からなくなっていますが、「疫神」あるところがかつての集落の境です。
 こんど探してみてください、ひっそりと集落の人々を守る姿を見ることができるはずです(絶対に、見るだけにしてくださいね・・・お願いします)。

 個人的には、その姿が水木しげる先生の世界を彷彿とさせてくれるので、

                             
             ・・・・・・スキです。
  


Posted by 基山の歴史と文化を語り継ぐ会  at 07:28Comments(0)基山の文化遺産

2012年02月27日

シンポジウムのお知らせ

 日本の古代、今から1300年程前の話。時は飛鳥時代から奈良時代へ移ろうとしていた頃に、今の太宰府市の都府楼地区に、大宰府が置かれました。九州九国三島(後に二島)の統治と外交を担った大宰府の防衛施設として、基山には国の宝・特別史跡基肄城跡が基山(きざん)に鎮座しています。この基肄城跡と、大野城跡そして水城跡を結ぶ防備線の一つとして考えられる地に、新たに見つかったのが、今回のシンポジウムの主題である「史跡 阿志岐山城跡」です。





 大宰府は、日本にはじめて出現した古代国家体制(大和政権)の一つの証です。となると、今回のシンポで話題となる阿志岐山城の築城背景を考えることは、日本の古代国家形成を考える上でも注目すべき遺跡の一つといえます。



 
 3月10日(土)にシンポが、翌週には現地見学会が予定されているようです。一度ご覧になられてはいかがでしょうか。
 日本に新たな絆と、絆を断ち切る社会を到来させた時代ともいえる飛鳥・奈良時代の社会を感じてみては如何でしょうか。
  


Posted by 基山の歴史と文化を語り継ぐ会  at 13:36Comments(0)関連する事業

2012年02月26日

謎の「マンホール」

 今日は、「謎のマンホールの蓋」のお話をしましょう。

 国道3号の福岡方面への上り車線、基山と筑紫野の境、「三国境」の交差点に差し掛かると、3つの「マンホール」があります。横断歩道近くですので、道路を渡りながらでも見てください。直線的でもあり、やや曲がっているようでもあり、何か隠された意味がありそうな3つの「マンホール」があります。




 そう、これは江戸時代、筑前国と肥前国對州領(対馬藩領)とを分かつ、国境標石が建っていた場所なのです。真ん中の「マンホール」に二国境標石が、南と北の「マンホール」には「傍示石」と呼ばれる標石が建っていました。かつて建っていた国境標石は、国道3号線の拡幅工事によって国道西側の歩道に移設されています。その跡地として「マンホール」の蓋を被せて地下に保存されているのです。
 江戸時代の国境線は、今も佐賀県と福岡県を分かつ県境として活かされています。
 二つの石の合わせ目が、実は国境を表現しています。



  


Posted by 基山の歴史と文化を語り継ぐ会  at 10:13Comments(0)基山の文化遺産

2012年02月25日

基山に見る、長崎街道の面影

 基山駅記念之碑、見つけられましたか?

 今日は、長崎街道の面影を残す場所を紹介しましょう。舗装もされず、人知れずひっそりと残された場所、そこにかつての人々の往来を懐かしむようにたたずむ長崎街道の面影道があります。





 現代の往来を羨むような場、そうJR鹿児島本線、国道3号線に接して、その道は残されています。
 どこにあるか探してみてください。

 
 3月3日(土)には、『長崎街道を歩く』と題して、木山口町(現JR基山駅前)から田代宿(現JR田代駅)まで約5.5kmを歩く「歴史散歩」を開催します。詳しくは、本ブログ「3月3日へむけて!」をご覧ください。
  


Posted by 基山の歴史と文化を語り継ぐ会  at 21:38Comments(0)基山の文化遺産

2012年02月22日

見つけて「基山」

 毎日7,000人近くの人々が乗り降りする基山駅。この駅の歴史を今に伝える石碑(基山駅記念之碑)が、基山駅には建っています。九州鉄道の頃から基山に置かれた信号所新設、そして大正十年の基山駅開業、昭和14年の甘木線開通、そして昭和63年の駅舎改築までの歴史が刻まれています。





 身近な文化遺産を知る。基山駅の中にひっそりと建っています。どこにあるか探してみては如何でしょうか?
  


Posted by 基山の歴史と文化を語り継ぐ会  at 22:37Comments(0)基山の文化遺産

2012年02月21日

「長崎街道」通のあなた、知ってましたか?





 一般書で描かれる長崎街道の道筋には、間違いもある。無理もない、今や長崎街道が残されていない部分だから。でも資料からたどることができた、住民だから知ることができる住民の歴史。小さいことだけど、その積み重ねが日本の歴史の真実を明らかにする。

長崎街道が描かれた資料を展示、一度ご覧ください。




  


Posted by 基山の歴史と文化を語り継ぐ会  at 20:55Comments(0)主催・共催事業

2012年02月20日

荒穂の神さまは何故驚いた?

荒穂神社 御神幸祭の由来

 第3回を迎える『基山のむかし話 紙芝居』。今回は、毎年秋に行われる荒穂神社の御神幸祭(みゆき祭り)の由来について、紙芝居を使って語りました。
 各地で行われるお祭りや行事には、云われ、由来、縁起が残されています。この由来や理由がいつしか忘れられ、行事の内容が変わり、そしてただのイベントと化し、ついには失われていきます。失われることも歴史ですが、今一度、身の周りの行事やお祭りが持つ本来の意味を知ることも大切なのではないかと思い、子ども達向けに、この紙芝居を始めました。





 さあ、荒穂の神さまは、何故驚きの表情を見せているのでしょうか?
 そして、基山町内で受け継がれている御神幸祭の際の役どころの起こりとは?

 むかし話に込められた、行事やお祭りの意味をもう一度思い出しては如何でしょうか。
 引き継がれてきた意味を知ることができるかもしれません。

●『基山のむかし話』紙芝居は、携帯アプリで公開予定! 乞う、ご期待!
 第1回紙芝居『観音さまになったお姫様のお話』
 第2回紙芝居『力くらべ』

■集まってくれた皆さん、ありがとうございました!


  


Posted by 基山の歴史と文化を語り継ぐ会  at 19:15Comments(0)主催・共催事業

2012年02月19日

3月3日へむけて!

 基山-鳥栖-小郡クロスロード文化研究会に参画している本会の、春の恒例イベントとして参加する「歴史散歩」が、来月3日(土)に行われます。今回は、「長崎街道を歩く」と銘打ち、木山口町(基山)から田代宿(鳥栖)までの5.4kmを歩きます。
 これに先立ち、18日(土)に、最終調整として本番を想定した下歩きを行いました。あいにくの雪降る日でしたが、解説ポイント、安全確認など、参加した皆さんは、寒さを忘れて元気に歩いていました。

●木山口町(基山)




■基山-鳥栖歴史散歩『長崎街道を歩く ~木山口町から田代宿まで~』
期日:平成24年3月3日
   (時間:午前9時から受付開始 午前9時30分出発)
場所:JR基山駅西口【出発】からJR田代駅【終点】
参加費無料 事前申し込み不要
問い合わせ先
 基山町教育委員会 教育学習課(電話:0942-92-2011)
 鳥栖市教育委員会 生涯学習課(電話:0942-85-3695)

●赤坂町(赤坂・剣塚古墳をのぞむ)



  


Posted by 基山の歴史と文化を語り継ぐ会  at 09:06Comments(0)活動・報告日記

2012年02月17日

基山の「今」を伝えたくて

基山に生きる私たちが
  見ることができる多くの出来事を
    未来の基山の人たちに伝えたい。

過去と今と未来の人たちをつなげたい。

自分たちにできることを持ち寄って、
   今生きるみんながつながり、つなげたい。

 古きを固め保存するのではない。

基山を築いた先輩たちの思いを知り、
  自分たちの思いを積み重ね、
    未来の基山の人々につなげるだけ

そして、基山の未来を育てたい。

  


Posted by 基山の歴史と文化を語り継ぐ会  at 08:34Comments(0)活動・報告日記