2014年09月20日

基肄城のお話 その3 -見せる城・見えざる城-

 古代大宰府を守る城として築かれた二つの城として、我が町の基肄城が南の守り、北の守りとして大野城があることは知られています。

 では、この二つの城の地形上から見た立地の違いはご存じでしょうか。

 基肄城跡の土塁や石塁は、基山(きざん)の南東斜面に築かれています。
 一方、大宰府の北の護りである大野城跡は、四王寺山山頂に築かれています。

■小郡から見た基肄城
基肄城のお話 その3 -見せる城・見えざる城-



■大宰府政庁跡から見た大野城
基肄城のお話 その3 -見せる城・見えざる城-


 そうです、基肄城は、城内が筑紫平野からよく見えるのに対し、大野城は四王寺山の麓からは見えない構造になっていることに気づかされます。城の内部が見えることは、城内部の軍営がどのように配置されているのか敵に見える構造であると言えます。いったん戦時となると、とても不利な構造と言えるでしょう。
 一方、平時では、礎石建ちの瓦葺き建物がたくさん建てられ、その内部には食糧や武器が収められていたことを考えると、基肄城の構造は、平時において大宰府を治める大和政権の力を示すために、その威容を筑紫平野の人びとに見せつけたと考えられます。

   基肄城は、「見せる城」、大野城は「見えざる城」と言えます。

【お知らせ】
 8月15日から広報『きやま』に「基肄城を知る」特集が掲載されています。当会も執筆分担者として参画し、基山町の方々に少しでも基肄城のことを知っていただけたらとの思いで、古代から現代までの基肄城に関わる文章を掲載していきます。
 この特集に漏れた内容を、本会のブログで紹介していきます。

 併せて御覧いただくことで、基肄城のことを深く・濃く知ってください。



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Posted by 基山の歴史と文化を語り継ぐ会  at 08:44 │Comments(0)基山の文化遺産

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