2022年12月07日
■『枯松二国境物語』をふか〜く知る(余談)
昨日の「『枯松二国境物語』をふかーく知る(その4)」の中で、「美鈴の「絶対」的権力」と表現しました。
「権力」者の存在そのものに「権力」が備わっているかのような「絶対的」という権力者は、この世の中に存在せず、鏡や自分以外の他者の存在から自らの存在や姿を見たり知ったりすることができるのと同様に、「権力」者として見てくれる、また従ってくれる人々の存在があって初めて、「権力」者は存在するものです。となれば、「絶対的」という表現は本来不適切な表現です。
前回用いた「絶対的権力」は、「公儀」という近世・江戸時代の日本において地域を超越した「絶対的」権力を後ろ盾として、美鈴は悪を成敗し「お裁き」を下すことになり、その表現として用いています。


【特別史跡江戸城跡(現在の皇居)】
権力者というものは、他者がいてはじめて成立するものであるならば、現在、世界を恐怖の中に陥れている外国の指導者たちも、国民や「取り巻き」の人々に見放されてしまうと、ただの人になってしまうということです。
・・・・余談でした。
「権力」者の存在そのものに「権力」が備わっているかのような「絶対的」という権力者は、この世の中に存在せず、鏡や自分以外の他者の存在から自らの存在や姿を見たり知ったりすることができるのと同様に、「権力」者として見てくれる、また従ってくれる人々の存在があって初めて、「権力」者は存在するものです。となれば、「絶対的」という表現は本来不適切な表現です。
前回用いた「絶対的権力」は、「公儀」という近世・江戸時代の日本において地域を超越した「絶対的」権力を後ろ盾として、美鈴は悪を成敗し「お裁き」を下すことになり、その表現として用いています。


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・・・・余談でした。
『第16回きやま展 きやま創作劇を深く知る』展開催
■令和5年度歴史散歩開催
■歴史散歩現地研修
■第7回きやま創作劇をふか〜く知る(その30)
■第7回きやま創作劇をふか〜く知る(その29)
■第7回きやま創作劇をふか〜く知る(その28)
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