2016年05月17日
■熊本で見つけたモノ(その2)
被災した家族が住む熊本市中央区新町は、ブラタモリでも紹介された熊本城の堀と土塁の跡が残る場所で、職人の町としても知られています。
そこで見つけたモノが「高麗門之跡」です。

加藤清正が慶長3(1598)年の熊本城築城に際し、高麗門という門の形式で築いたと伝えられ、絵図によると外側には堀が描かれています。

今はその面影もなく道路と住宅地になっています。そういえばブラタモリで、堀を九州鉄道敷設のため埋めたと紹介されていましたね。一宅地西側に九州鉄道、現在のJR九州鹿児島本線と九州新幹線が通っていました。
熊本県に入ると、よく目にするのが文化財や文化遺産の存在を示す道標や、文化財や文化遺産そのものを示す解説です。


歴史や文化に対する意識の高さ、郷土の誇りに対する敬意が県を違えるとよく分かります。
また、身近な記憶をたどることができる文化遺産の解説は、かつての記憶の確認と高齢者には記憶の覚醒につながる「道しるべ」にもつながります。かつての記憶を子や孫に伝えることで、多世代のつなぎにも一役かっていることでしょう。
熊本地震で損壊した熊本城に手を合わせ、一日も早い復旧を願っておられる熊本市民の方々の姿に、時を超えた「誇り」に対する思いを見るような気がします。一日も早く、しかし確かな文化財の復旧を望みます。
そこで見つけたモノが「高麗門之跡」です。

加藤清正が慶長3(1598)年の熊本城築城に際し、高麗門という門の形式で築いたと伝えられ、絵図によると外側には堀が描かれています。

今はその面影もなく道路と住宅地になっています。そういえばブラタモリで、堀を九州鉄道敷設のため埋めたと紹介されていましたね。一宅地西側に九州鉄道、現在のJR九州鹿児島本線と九州新幹線が通っていました。
熊本県に入ると、よく目にするのが文化財や文化遺産の存在を示す道標や、文化財や文化遺産そのものを示す解説です。


歴史や文化に対する意識の高さ、郷土の誇りに対する敬意が県を違えるとよく分かります。
また、身近な記憶をたどることができる文化遺産の解説は、かつての記憶の確認と高齢者には記憶の覚醒につながる「道しるべ」にもつながります。かつての記憶を子や孫に伝えることで、多世代のつなぎにも一役かっていることでしょう。
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『第16回きやま展 きやま創作劇を深く知る』展開催
■令和5年度歴史散歩開催
■歴史散歩現地研修
■第7回きやま創作劇をふか〜く知る(その30)
■第7回きやま創作劇をふか〜く知る(その29)
■第7回きやま創作劇をふか〜く知る(その28)
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