2017年07月12日
『八ツ並の姫』が語る時代(その4)
では、『八ツ並の姫』が語る時代の下限、云わばいつの時代まで下がる(新しい)と考えられるのかをみてみましょう。
その手掛かりは、『八ツ並の姫』の物語が秘めています。
・・・・・・んっ? と思われた方もおられるでしょう。
実は、現代に語り継がれている『八ツ並の姫』のむかし話には、二つあることが分かってきました。一つは、紙芝居にもなった『八ツ並の姫 観音さまになったお姫様』の話で、もう一つは『八ツ並の姫 観音さまに助けられたお姫様』とでもいえる物語です。両方とも「八ツ並長者」の娘の物語として語られているむかし話で、副題として語られる内容に両者の違いがあります。
今一つの「観音さまに助けられたお姫様」の物語は、「むかしむかし」で始まる物語と、とても具体的に「平治年中」からはじまる物語があり、「平治年中」とは、西暦1159年だけに限られた和暦で、平氏の世に突入しつつある時代のお話しとして伝えられています。
この話は、八ツ並長者季春の姫・春(お春、春姫)が、相応の婿養子を迎えて数年過ぎたが、子が授からないため自ら太田山の助けを請い日参したが、なかなか験しなきことを思い悩んでいたお話しです。太田山へ日参していた姫は、太田山の井戸から水を汲もうとしたその時、足を滑らせて井戸の中に落ちてしまったのです。井戸に落ちた春姫は助けを求めましたが山中に人もなく途方にくれていたのです。八ツ並の館では姫の行方が知れず大騒ぎになり、太田山をはじめ四方八方に手を尽くします。そのような中、太田山の井戸の中から声が聞こえ、その井戸を覗くと春姫がいたので助け上げ、姫の話を聞くと、井戸に落ちたと思いきや大いなる掌が現れ、姫の身体を乗せると救い上げてくれたということであったのです。これを聞いた八ツ並長者季春は、仏恩を感じ、本堂再建に務めたという物語です。
この話の特徴は、物語の時代や八ツ並長者、姫の名前などが具体的に語られていること。それにも増して、子を授かりたいという思いから太田山へ日参し、かつ井戸の中で大いなる掌に助けられたという件があることです。いわば、子を授かるための祈りの場として太田山が考えられていること、井戸に落ちた時に助けてくれた「大いなる掌(恐らくは観世音菩薩様の掌を想像できます)」があったことをみると、既に太田山安生寺が存在していたことを想定することができます。

これらを考え合わせると、一つ目の物語である「観音さまになったお姫様」の時代を考えると、この二つ目の物語が創られた「平治年中」より前ということが考えられることになります。
さあ、だいぶ『八ツ並の姫 観音さまになったお姫様』の物語が創られた時代が絞られてきました。
次回は、さらにどの辺の時代の物語かを、物語が語る様々な事象を観察して想定していきましょう。
その手掛かりは、『八ツ並の姫』の物語が秘めています。
・・・・・・んっ? と思われた方もおられるでしょう。
実は、現代に語り継がれている『八ツ並の姫』のむかし話には、二つあることが分かってきました。一つは、紙芝居にもなった『八ツ並の姫 観音さまになったお姫様』の話で、もう一つは『八ツ並の姫 観音さまに助けられたお姫様』とでもいえる物語です。両方とも「八ツ並長者」の娘の物語として語られているむかし話で、副題として語られる内容に両者の違いがあります。
今一つの「観音さまに助けられたお姫様」の物語は、「むかしむかし」で始まる物語と、とても具体的に「平治年中」からはじまる物語があり、「平治年中」とは、西暦1159年だけに限られた和暦で、平氏の世に突入しつつある時代のお話しとして伝えられています。
この話は、八ツ並長者季春の姫・春(お春、春姫)が、相応の婿養子を迎えて数年過ぎたが、子が授からないため自ら太田山の助けを請い日参したが、なかなか験しなきことを思い悩んでいたお話しです。太田山へ日参していた姫は、太田山の井戸から水を汲もうとしたその時、足を滑らせて井戸の中に落ちてしまったのです。井戸に落ちた春姫は助けを求めましたが山中に人もなく途方にくれていたのです。八ツ並の館では姫の行方が知れず大騒ぎになり、太田山をはじめ四方八方に手を尽くします。そのような中、太田山の井戸の中から声が聞こえ、その井戸を覗くと春姫がいたので助け上げ、姫の話を聞くと、井戸に落ちたと思いきや大いなる掌が現れ、姫の身体を乗せると救い上げてくれたということであったのです。これを聞いた八ツ並長者季春は、仏恩を感じ、本堂再建に務めたという物語です。
この話の特徴は、物語の時代や八ツ並長者、姫の名前などが具体的に語られていること。それにも増して、子を授かりたいという思いから太田山へ日参し、かつ井戸の中で大いなる掌に助けられたという件があることです。いわば、子を授かるための祈りの場として太田山が考えられていること、井戸に落ちた時に助けてくれた「大いなる掌(恐らくは観世音菩薩様の掌を想像できます)」があったことをみると、既に太田山安生寺が存在していたことを想定することができます。

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