2014年05月08日

猿田彦大神様

 「契山」で紹介した「邇邇芸命(ににぎのみこと)様」が天から降臨される際に、地上へ導かれた方が、そう今回ご紹介する「猿田毘古神」こと猿田彦大神様です。

 太陽神である天照大御神の孫として地上に使わされた邇邇芸命様を、地上に導くべく待っていたのが猿田彦大神様で、邇邇芸命様が尋ねれば、「天つ御子を先導すべく待っていた。」と言う。そのお姿は、眼を見開き、鼻長七咫(一咫≒親指と中指とを広げた長さ)、背丈七尺」という巨大な天狗のようであったと『古事記』に記されています。

 皆さんも猿田毘古神様こと、猿田彦大神様に会われたことがありますよね・・・。

 えっ、会われたことがない。

猿田彦大神様
■基山町野口の宗天神社にある「猿田彦大神」碑

 道端によくみる「猿田彦大神」碑は、見られたことがありませんか。この大神碑があるところの多くは、旧街道をはじめとする旧道と考えていただいても大過ありません(たまに、意味が失われ移転されているものもありますので、ご注意ください)。
 その由来は、『古事記』に記されている、天孫「邇邇芸命(ににぎのみこと)様」を地上に導かれた神様が、旅の安全を見守り導いてくださる神様に変じ、道しるべの神様と理解されたのです。

 実際のお姿にも会われたことはありませんか。

・・・・・・?

 えっ・・・。荒穂神社の御神幸祭などで、御輿の先導役として赤顔の「天狗」のようなお顔の面と青顔の「天狗」様のお顔の面が歩いているお姿を見かけたことはありませんか。そう、この「天狗」の様なお顔が、「眼を見開き、鼻長七咫(一咫≒親指と中指とを広げた長さ)、背丈七尺」という巨大な天狗」のお姿をもつ猿田彦大神様なのです。

猿田彦大神様
■荒穂神社の猿田彦大神様

猿田彦大神様
■お面の内側に「猿田彦大神」の銘が

 基山で秋行われる荒穂神社の御幸祭りの際に、荒穂の神様である邇邇芸命(ににぎのみこと)様を先導されるのが、『古事記』さながらの猿田彦大神様です。
 お宮の神殿にも飾られている神社があるので、そういう目で御覧になっては如何でしょうか。

 猿田彦大神様は、人生の選択の道しるべにもなってくださるかもしれませんね・・・。

 次回は、猿田彦大神さまとよく間違われる「庚申尊天」碑の話をしましょう。

猿田彦大神様
■基山町白坂に建つ「猿田彦大神」碑と「庚申尊天」碑


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Posted by 基山の歴史と文化を語り継ぐ会  at 21:04 │Comments(0)基山の文化遺産

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